相続税基礎控除の縮小により市場が広がった
今回は税理士業界における相続税ビジネスの展望についてお伝えします。
団塊の世代と言われる昭和22年から24年生まれの方が70歳近くなり、高齢化社会がいよいよ本格化してきました。
私たちの税理士業界でも、相続税申告件数が拡大すると実感したのは、2015年に相続税基礎控除の縮小のニュースが出始めたころではないでしょうか。
従来の基礎控除が4割も縮小されたことで、今まで課税されなった層の人達が税理士に依頼に来られることを実感しています。
国税庁のデータによりますと、2014年に相続税の課税対象となった被相続人の数は5万6千人で死亡者数の4%強でした。
しかし、税制改正後の2015年は10万3千人が対象となり8%の人が相続税の対象になりました。
まさに2倍の人が対象になったのです。
そうなると、
相続税申告者が増える = 税理士へ依頼する申告数が増える = 市場が広がる
となり、税理士業界全体にとってビジネスの機会は急増します。
また、この層の人達の申告が増えるだけでなく、生前での相続税対策等の相談も増えます。
弊社でも2016年に相続税専門のチームを作り、ベンチャーサポート税理士法人から独立させて「ベンチャーサポート相続税理士法人」として相続税専門の税理士法人にしています。
分離独立から3年経過し、2018年、19年と年間1000件を超える相続税申告をすることができ、相続税のノウハウも業界のこともわかってきました。
ここからは実際に相続税ビジネスをやってみて感じた、相続税の展望や仕事の楽しさを伝えていきたいと思います。
相続税は税理士の仕事の中で特殊な業務
相続税の申告は、税理士の業務の中でも非常に特殊な業務です。
普通の個人の税理士事務所では2年に1件あるかどうかです。
2年に1件のペースではなかなか相続税のノウハウは得ることができません。
また相続税はここ数年、毎年のように税制改施が行われています。
そのうえ、通常の法人税の申告や確定申告、年末調整以外に出てくる「臨時業務」ですから、キャパシティの面からも大変です。
結果的に「相続税申告は受任しない」という税理士が増えています。
その一方でベンチャーサポート相続税理士法人のように「相続税しかしない」という専門特化した税理士事務所も数社出てきています。
相続税のノウハウは、「あるところにはあるが、無いところは無い」という偏りが生じていると言えるでしょう。
では今後、相続専門の税理士事務所は増えるか?
これは私たちが実際に相続税専門の税理士事務所を運営したことから言えることですが、答えは「NO」。
微増することはあっても、たくさん増えることはないでしょう。
その理由は、「相続税申告は単発ビジネス」だからです。
税理士顧問はお客様が法人でも個人でも、基本的に毎月の顧問料が入ります。
それを見越して、人を採用したり広告費を出したりすることができます。
しかし相続税申告は継続するものではありません。
ひとつひとつの相続税申告は「単発」で終わるビジネスなのです。
そのため、人を採用するにしても広告を出すにしても、先行きの見えない中リスクを覚悟して進めることになります。
年間1000件近い申告件数があれば、月ごとのばらつきはあったとしても、ならして考えると安定してきます。
ですが、数が少ないと相続税専門としてすべてを賭けるのはビジネスとして非常にリスクがあるのです。
もう一つ、相続専門の税理士が増えない理由は集客の難しさです。
また相続税の依頼は、「銀行からの紹介」「士業からの紹介」などの紹介か、「インターネット」が主流です。
銀行や信託会社などの金融機関は資産家を顧客として囲っていますが、すでに大手の税理士法人とガッチリ提携関係にありますので、後発で参入することは困難です。
士業からの紹介は、相続税業務をしないと決めている税理士や、相続争いを調停した弁護士などから発生します。
しかしこのルートも大手の税理士事務所が太いパイプで抑えて行ってます。
インターネットでの集客は、広告費が非常に高騰し、規模の小さい事務所ではその支払いに耐えることができません。
このように「単発ビジネスとしての難しさ」、「集客の難しさ」から考えると、今から相続税専門の税理士がたくさん発生することは無いと言えるでしょう。
遺言のニーズが拡大してきている
相続というビジネス全体から考えると、「相続税申告」はその一部にすぎません。
遺言書などの生前対策、不動産の購入や生命保険を活用した生前対策、認知症対策としての家族信託や成年後見人制度、空き家の売却、相続財産の登記。
これらはすべて「士業」の業務範囲です。
その中でも近年、特に注目されてきているのが遺言に関する分野です。
現在、日本の平均寿命は男性81歳、女性87歳。
しかしこれは何歳まで生きるか、という平均寿命であって、ずっと元気かどうかは別の話です。
介護や人の助けを借りずに日常生活を送れる「健康年齢」は男性が72歳、女性が74歳です。
いま、団塊の世代が70代になってきて、多くの人が自分の健康に不安を感じ始めています。
そして、「自分が生涯をかけて築いた財産が死後にどのようになるのか」に不安を感じている方が増加しています。
子供同士が疎遠になっていたり、前妻の間に子供がいたり、相続財産の大半が不動産で分けることが難しいケースなどでは「相続争い」も多くなっています。
相続争いは、相続財産が大きい家庭で起こる問題ではありません。
むしろ相続財産が5000万未満で、相続税が掛からないような規模の相続で多くの相続争いが発生しているのです。
そのため相続の専門家に「遺言書を作ってほしい」というニーズが、社会から求められているのです。
ところが銀行や信託銀行などは遺言書の作成費用が非常に高額で、なかなか一般の方には利用できない。
また士業もそれぞれの専門分野には詳しくても、「遺言書全体」のノウハウを持ち合わせる専門家は数が少ないのが現状です。
遺言書を作るためには、民法の規定が絡むために弁護士の知識が必要ですし、相続税対策の視点では税理士の知識が必要になり、不動産の分筆などの視点では司法書士や宅建士の知識が必要になります。
これらを取りまとめて、本当にお客様に役立つ遺言書を作ることが大事です。
それは1人ですべてを行う必要はなく、1人が窓口となって多くの専門家を取りまとめるプロデューサーの役割になることが求められます。
現状では「遺言書のプロ」と言える人が少なく、狙い目と言える仕事でしょう。
相続税の仕事は楽しいのか?法人顧問と何が違うのか?
では相続税の実際の仕事は、法人税や所得税の仕事と何が違うのでしょうか?
ベンチャーサポート相続税理士法人には、法人税をメイン業務とするベンチャーサポート税理士法人から移籍したメンバーがいます。
このメンバーの実際の声を紹介して、「何が違うのか」「どんな楽しさがあるのか」「何に戸惑ったのか」などのリアルな情報をお伝えしたいと思います。
【何が違うのか】
- 「使う税法も、規定も全然違うので新鮮。たとえば、土地の評価という仕事は相続ではメイン業務だが法人では全くなかった。」
- 「お客様は法人税務は企業の経営者だが、相続は一般の高齢者の方なので、説明の仕方や言葉の使い方が違う。」
- 「法人税務はお客様と長い年月の付き合いになるが、相続税は申告期限までの10ヶ月の付き合い。1回の打ち合わせの内容が濃い。」
【相続税業務の楽しさ】
- 「高齢者の一般人の方がお客様なので、丁寧な仕事をすれば、すごく感謝をしてもらえる。」
- 「相続という人や会社の最後を知ることで、起業というスタートから最後までを一気通貫で知れたこと。」
- 「相続の相談は多岐に渡るので、税金以外の知識がドンドン身に付いた。」
- 「いろいろな人の人生の最後を見れるので、自分の生き方を考えるきっかけになる。」
- 「今から拡大する相続という注目の業界の仕事に携われることが楽しい。」
【戸惑ったこと】
- 「法人税は末日が納期限だが、相続税は亡くなった日から10ヶ月後が納税期限なので、案件ごとの管理に戸惑った。」
- 「法人税の申告は、会計資料があることは当然なのに、相続税は資産を持ってる本人が亡くなった後の事なので、資料を集めることが大変。」
結論、これからの大相続時代の成功する士業は?
ここまで相続の業界の展望と、実際に相続の仕事をしている人の声を紹介してきました。
では最後にまとめとして、私たち税理士を含めた士業にとって、これからの大相続時代はどう考えればいいのかをお伝えしたいと思います。
相続の仕事は多岐の分野に渡り、件数も年々増加しています。
その一方で幅広い知識を持った相続の専門家の数は非常に少ない。
また、相続の専門家として育つための環境、例えば相続専門の税理士法人などの数も少ない。
そういった意味では、「相続に強い税理士」は今後も非常に貴重な存在として、求められていることは間違いありません。
その一方で、集客は銀行などの金融機関や一部の税理士法人に偏る傾向がある。
今から後発として参入するのは厳しさがある。
これらから考えると、集客が上手く行っている「活躍できる場所」が明確になっていれば、相続の専門家として生きていくことは有望でしょう。
士業が1人で独立する時代から、連携してワンストップで対応することが求められています。
これは相続に限った話ではないのですが、特に相続はお客様が「どの専門家に何を相談したらいいのかわからない」という声が多いです。
大相続時代に成功する士業とは、「個人としての専門分野を持ちながら、全体をプロデュースできる人」であり、「集客の安定した場所を見つけた人」と言えるでしょう。